ぱんどら

「やっぱりああいうの好きなんじゃない」
「なに?」
「蓋開けるの。面白いんでしょ?」
 店の入り口付近に置かれた自販機で缶コーヒーを買って備え付けのベンチに二人して腰掛けた。
 散々商品で遊んでおいて何も買わないことになんとなく後ろめたさを感じたせいで購入した電池いらずの懐中電灯980円の入った袋が足元に鎮座している。これで災害時にも万全だ。
 たまに店内へ出入りする人をのぞけばそこにいるのは私たち二人きりだった。
「さっき中学の時がどうのって話をしただろ?」
「ああ、うん」
 曖昧に返事をする私を気にせず彼は話し出す。私はそれに黙って耳を傾けた。
「その頃からっていうよりそれよりずっと前からなんだけど、やっぱり好きでさ。ゲタ箱がこうずらっと並んでるだろ?」
 彼はまるでそこにその光景が広がっているかのように遠くを見つめながら言葉に合わせて手を緩い放物線を描くように大きく動かす。
「その蓋をさ、生徒番号順に開けていったわけさ。ゲタ箱だから靴が入ってるのが当然なんだけどたまに野球ボールとかぐちゃぐちゃに丸めたテストとかが入っててね。で、ある日の放課後いつものようにそれをやろうとしたら隣のクラスの女のコと鉢合わせた。そのコはいつも俺がやっているのと同じ風にゲタ箱の蓋を開けて中をのぞいてたんだ」
「自分のだったんじゃないの?」
 私の当然の疑問に彼は首を振る。
「いいや、俺も自分のゲタ箱の場所くらいわかるよ」
 よくわからなかった。何故そのコは彼のゲタ箱をのぞいていたのか。どうして彼はそれからゲタ箱を開けるのをやめたのか。

「あんまり言いたくないなぁ……」
「気になるじゃない」
 そう言って口を噤む彼の目をじっと見つめて先を促す。
 ついさっき、彼の過去を暴こうとしたことに罪悪感を覚えたばかりだというのに。
 しばらくして諦めたようにひとつ溜息をついてから彼は短く続きを話した。
「自分がされて初めてあんまり気持ちの良いもんじゃないなぁって思ったんだよ。だから今日は久しぶりに楽しかった」
 最後の言葉は聞こえていなかった。最初の言葉にドキリとさせられたから。
 しかし彼が話しているのは私のことではなくその彼女が彼のゲタ箱をのぞいていたことに関してのことだ。無視をする。
「画鋲でも入れられたの?」
「まさか。ああ、もう全然こんな話する予定なかったんだけどなぁ」
 私の穏やかではない説を一笑してそれから困ったように頭を掻いた。
「ところで――」
 かと思えば今度は突然話題を変える接続詞を口にし始める。
「今日は箱を開ける魅力をわかっていただけただろうか」
 やけに改まったお堅い芝居がかった口調、それでもなんとなく笑う雰囲気ではないことを悟って戸惑いながら頷く。
 すると彼は満足したように自分も頷いて右手を私の前にすっと差し出した。
「それじゃあこの箱開けてみませんか?」
 彼の手の平には小さくて青い箱がのっていて―――
「喜んで」
 ―――私もこの目の前にいる男の二の舞になるのだろうかと先の楽しみを想像した。