洋服のリボンがうまく結べません。

 女王の棺がなくなった。
 荒れ狂う城は蜘蛛の上。
 輝く糸は冷たい大雨ヒサメ
 辻馬車の車輪がカラカラと。
 石のレンガを削り落として明日の天気を占い呪う。
『女王の棺を知りませんか』と訊いた仔猫を拾い上げ、撫でた男は囁いた。
『女王の棺はわたしのウチに。白い献花に囲まれた、小さな部屋にあるのです』
 聞いた仔猫はヒゲを揺らして瞳を細め短く鳴いた。
『pourquoi?』
 男は応える、正直に。
『何故ならそれが約束だから』

 細かい細工のドレスを着てた綺麗な王女の紅玉はこっそり誰かが持っていき、行方は知れずわからない。
 市場を歩く男と仔猫。
 向かう先には女王の棺。
 行き交う兵士をやり過ごし、二つの影はゆっくりと女王の棺のある家に。
『どうぞ、お入りください』と微笑む男に促され、仔猫は小さな小窓からヒラリと部屋に降り立って、それに続いて軽々と男も部屋に降り立った。
 床に散らばる薔薇と菊。白い花弁は微かに劣化し、それでも佳芳は消え去りぬ。
『これはこれは女王さま、お初にお目にかかります。わたしは名も無き愚かな仔猫。お会いできて至極光栄』
 恭しい挨拶と忠誠のキスを女王の右手に落とした仔猫は冷たい女王に頬ずりするとくるりと回ってコウベを垂れた。
『美しい人、アレニエは王女の地位を捨てました』
 小さな小さな呟きに仔猫は男を振り返る。
『たった一度の手紙には“私が死んだら連れて逃げて”と哀しい言葉が一行ぽっきり。 それからしばらく経ったとき、彼女は小さな毒蜘蛛にその身を噛ませて死にました』
 静かに静かに横たわる女王の小さな亡骸に男は身を寄せ涙をこぼす。
『わたしは誰にも話さない。彼女の遺体が灰になるまでお前と彼女は二人きり、無限のトキを過ごせばいいさ』
 それから男は紅玉を仔猫の首に巻きつけて後姿を見送りました。