宇宙人、宇宙にゆく

 大きな音とともに灰皿が宙に浮き上がる。
「宇宙人など存在するわけがない!」
 油っぽい顔を紅くして怒鳴った彼はなんとかという大学でこうとかという分野のどうとかってものを研究している人で、もうすっかり禿面のビールっ腹のくせに僕の可愛い妹を嫁さんにしたいなどと言ってのこのこと僕のところへやってきた薄鈍だ。
「いたら困るの?」
 科学で証明できないことは塵一つ受け付けないといった様子の唐変木にちょっとした悪戯心で宇宙人について1時間ほど語ってみれば朴念仁は案の定、声を荒げて机を力一杯叩きつけたのだった。
「困る、困らないといったような問題ではありませんよ、お義兄さん。宇宙人などという存在、いや、それに関する全ての物は何一つ例外なくペテンです。従って我々はそのようなものに惑わされてはいけません」
「でも別にいてもいいじゃない」
「いいえ、そのような隙のある気持ちではいつか必ずペテン師たちの罠に落ちてしまいます」
 興奮冷めやらぬと言った様子で既に僕の義弟気分になっているらしいオタンコナスは早口に言う。
 そんな不届き者を指差して、僕はここにきて初めてタマネギ頭の隣でずっとニコニコと笑っていた妹に声をかけた。
「カオリ、この人全然話が通じないんだけど宇宙人じゃないの」
「あら、その方が素敵。アタシ先生のそういうところに惹かれたんだもの」
「あれ、そうなの?」
 はて、これは予想外だった。自分の隣に正座して怒りたいやら照れたいやら呆気にとられたやらというなんとも気持ちの悪い表情の間で揺れている男に可愛い妹自ら惚れたというのか。
 それならば、残念だが僕も腹を括らなければならないと思う。
 たとえその相手が油顔で禿面でビールっぱらで薄鈍で唐変木で朴念仁でオタンコナスで不届き者のタマネギ頭であったとしても……。
「なるほど、わかりました。妹がそう言うなら仕方がありません。しかし夫婦に隠し事などあってはならないと思います」
「……それはわたしも同意見です」
 僕は居住いを正す。
 彼も居住いを正す。
 神妙な顔つきで僕の言葉を待つ姿はなるほど少し好感が持てた。
 彼は本気だ。きっと妹は幸せになれるだろう。
 しんと静まりかえった和室。
 死んだ父さんも母さんも仏壇から僕らの様子を見守っている。
 父さん、今、僕はあなたの代わりにあなたの大事な娘を別の男に託そうとしています。
 息をゆっくりと吸い、ゆっくりと吐き出す。
「――ですから隠さないで下さい。あなたは宇宙人、なのでしょう?」
「違います!」
 カオリが声をあげて笑う。
 大きな音とともに灰皿が宙に浮き上がる。
 面白い家族が増えるということは幸福なことだ。
 再び宙を舞った銀色のそれは、まさしく空飛ぶ円盤のようだった。