ただ待つだけの人

 葉が落ちることにさえ一喜一憂する。枯れた葉脈のひとすじひとすじがわたし。
 ついこの間まで青々とした葉と水の粒が日の光を反射してきらきらと輝いていたのではなかったか。
 季節は駆け足で過ぎでゆくというのにまるでここだけ刻がとまってしまったかのようで心細くもある。
 実際、わたしはもう随分も前から毎日の月日も曜日も忘れてしまい“ああ、秋がやってきた”などと四季の変化だけを小さな窓の景色から感じるのであった。

 両の耳だけがまるでわたしのものではないかのように活動している。
 家を清める音。それは規則正しい呼吸のように繰り返され絶え間ない。
 耳を澄ませばそういうものは存外多くあるもので、たとえそれがゼンマイであろうと振り子であろうとしだいに生温い生のあるものだと思えてしまい何か途方もない大きな生物の腹の中にいる心持になり薄ら寒い。
 そうだ、今日はこのまま怠惰した流れにまかせて眠ってしまってもいい(そう、わたしは刻の流れにのりたいのだ)そう思った途端、徐徐に遠のいてゆく箒の音を聞きながらわたしの意識は緩やかに沈んでいった。

 夕方、目を覚ますなり「君、玄関を掃いていただろう」と寝起きの少しかすれた声で彼が言った。
 まだ夢現のようなのにあんまり得意気に言うものだから思わず笑みがこぼれてしまう。
「どうしてわかったんですか」と訊いた私に彼は「なんだってわかるよ」とさらに無邪気に続けるので私はまるで小さな子供と話しをしているかのような気分になって「それはすごいですね」と少し大袈裟に彼を褒めた。
 それに満足したのか彼は微笑みと共に目を伏せ枕にのせた首の位置を整える。
「――掃除はきちんとやらなければいけないよ」まどろみの中で彼は言い「いつ誰が訪ねてきてもいいようにね――」そう言い残して再び眠りに落ちていった。

 柔らかく、それでいて眩しい陽射しに目を細めて天を見上げる。
 たとえそれを彼が望まずとも、もうすぐ二度目の冬がやってくる。
「もう少し時間をください」
 軒先に立てかけた箒の総を上向きに直して私は玄関の戸を閉めた。