桃色の泡が、大小浮かび上がって海面へ。
ぱちんと音をたててはじけた途端に甘い匂いが漂い出そうな薄い皮膜。
囚われていた光が四方に飛び散り駆けてゆくのを私は小さな魚の群れにもみくちゃにされながらながめていた。ごう。ごう。ごう。
向こうから、大きな魚がやってきた。
察して、わたしにまとわりついていた小魚が巨大な流星群となって深い闇へとかえってゆく。
長い胴と尾を交互にくねらして泳ぐ巨大魚は、桃色に染まった世界を悠々とかきわけて一人取り残されたわたしの元へと近付いてくる。
過去と未来が交差するように、波が盛り上がる。ざぶん。ざぶん。
わたしはそれに少しだけ押し出されくるくるとさまよった。ふるり。くらり。ふるり。くらり。少しだけ、酔う。
冷たい水に清められ揺らめく織物のような優雅な姿。
丹念に磨き上げられた貝殻のような美しいウロコが迫る。
目を奪われて気付いたときには幅広の薄い唇が目前でぱっくりと口を開け、わたしはそれによって生まれた水の流れに易々とのみこまれてしまった。流されながら一瞬、振り返る。ぱくん。音がして、わたしはあれよあれよという間に細長い道を通り、びたびたとした柔らかな肉の洞穴へと転がり落ちた。
投げ出された身体はどこも強く打たなかった。地面がたわんだのだから。なのに、ぴりぴりと痛む。
それはじくじくと毛穴から入り込み、体内にまで及ぶようであった。
ああ、ここは魚の胃袋なのだ。魚は、わたしを消化しようとしている。
そう気付いたのは横たわったまま、顔にかかった前髪を払いのけている最中であった。
草を食べ、肉を食べながら、しかし自身が何ものかに食べられることについて、わたしはこれまで考えたことがなかった。すっかりと、安心していた。
まさかそんなことがおこるものかと頭のどこかで考えていたかさえ怪しいくらいに。
それなのに。あとどのくらいで自分の正体は失われるのであろう。
わたしのうちの何%が魚の血肉となり、残りの何%が不要なものとしてあのピンク色の海へ排出されるのであろうか。
大きく投げ出した身体が脈打つ。
かかと。ふくらはぎ。しり。ひじ。せなか。かた。あたま。
魚の揺らめきに順に波打つ。
それでも不思議と恐怖はなかった。仄暗い胃袋の中で、わたしはすっかりと心を寛がせていた。
ぴたん。ぴたんとおでこに滴り落ちる胃液でさえ心地よい。
これまで自分を悩ませていたすべてのものから解放されるという想いの方がずっとずっと強かった。
夢と現の狭間で、そっと粘膜に触れてみる。指先がぴりぴりと痛む。
痛むのだが。
しかし既に。
痛みなど。
無い。
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