浜辺レイディオ

 嘘で塗り固められた君の袖口をその仕草とは比べ物にならないような強さで握り締めて僕は浜辺を歩いていた。
 なのに君はまるで犬の散歩でもしているように悠々と自由な右手をジーンズのポケットに入れて絡みつく砂を裸足で蹴り上げている。そしてその砂は前を歩いている僕のぶかぶかな靴の中に入り込んだ。
「これじゃあ、意味がないじゃないか」
 僕の抗議の声も気にせず君は一層高く砂を蹴り上げてそれが少しだけ僕の襟元から背中に滑り落ち、踊る。ベタベタとした砂が気持ち悪くて僕は服の上から背中を叩くが砂は落ちてこない。
「なんでこんなことするんだよ」
「悪気はないよ」
 愉快そうに君が笑う。僕はどうしようもなく悔しくなってその場にしゃがみ込むと手の平いっぱいに砂を握り締めた。そうして思いっきり君に向かって投げつける。けれどそのほとんどははるか頭上にある君の顔にとどくことなく僕の指の間からこぼれ落ちて風に吹かれて霧散していった。悔しい、悔しい、悔しい。これはすべて八つ当たりなのだ。
 君は優しい。今だって濡れてしまった僕の靴の代わりに自分の靴を貸してくれている。僕の足が汚れてしまわないように。僕が怪我をしないように。それを何故嘘だと認めなければならないのだろう。
 君の優しさは僕を傷付けるための嘘。
「どうしたの?目に砂が入ったの?」
 お互いの距離が縮まり君は僕に顔をよせて裾を掴まれた指先で僕の目元を撫でる。目尻にたまった涙が滑って頬を濡らす。そのまま口付けられて僕は後ろに倒れ込んだ。ざらりとした不快な感触、耳に一瞬鋭い痛みを感じで小さく悲鳴を上げる。
「ああ、ガラスで切ったんだね」
 君は僕の膝に跨ぐように座って耳を包み込むように触れながら言い今度はそこへ唇を寄せて―――
「許せないなぁ、君を傷付けるなんて――」
 ―――と言ったゾクリと背筋が凍えて頭のてっぺんからじわりじわりと麻酔がかかっていく感覚を今までに何度経験しただろう。
 波の音が催眠術のように僕をどこか深い場所に連れ去ろうとしている。
 周波数のあっていないラジオからたまに流れ出る深夜トーク。
「悲しい?寂しい?痛い?辛い?もっと泣いてもいいんだよ?」
 砂の詰まった麻袋のようにあの海へ放り投げられたらどれだけ君を好きなことを忘れられるだろう。

 05/05/08
Nさんリクエストありがとう。