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あらかじめ水に浸してもどしておいた寒天を軽く絞って、水の入った小さな鍋に入れてふやかす。一度沸騰させたら、火を弱めてよくかきまぜる。ぽつぽつと溶けきらないかたまりが、残らないように。ぐるりぐるりと木箆を動かして根気よく。寒天が十分に溶けたら、長方形の琺瑯引き皿(白地にカラフルな回転木馬が描かれたお気に入り)に水気をきったフルーツ缶の中身と、それからブルーベリーをいくつか並べて寒天液を流し込む。 私はその一連の工程を儀式めいた恭しさでひとつひとつ、静かにおこなう。固まるのを待っている間も、私はキッチンに置かれた座の丸い華奢なパイプ椅子の上に身動ぎひとつせず足の親指を重ねて正座していた。無心で。何も考えず。待つ。いや、本当は少しだけあのコのことを考えたけれど。それ以外は本当に何も考えず、私はただじっと待った。ある時間を境に、急に暮れはじめた日の光が次第に重く透き通った寒天の姿を曖昧なものにしてゆく。刻々と過ぎてゆく時間の中で、ひっそりと濁りを増した寒天ゼリーだけが時を忘れたように押し黙っていた。 切り分けることもほかの器にうつすこともせず、直接匙を触れさせればその侵入を拒むかのような細やかな抵抗感。ゼラチンは人懐こい。しかし、寒天はそうではないと私は思う。それは血の通った生々しさ荒々しさ、だらだらと薬品漬けにされたのとは違う、ただ茫漠と波に揺られ、風と天日に幾日もさらされ続けて凍らされた、身に沁み入るような生い立ちからくるものなのであろうか。 ――とにかく、しんしんと降りつもるように心が、頭が、体が、冷えて頑なであるときには、やはり頑ななものが欲しくなってしまう。かなしいときに、やっぱりかなしい映画をみたいのとおんなじで。 一匙、一匙口に運ぶほどに、それまで固くなっていた蛇口がゆるんで涙がこぼれだす。かなしい。かなしい。かなしい。かなしい。自分がかなしいのだと実感するために、私はこの菓子を呑み下してゆくのだ。 フルーツの味のする甘いシロップも、況して砂糖すら使っていない寒天ゼリーはとてもじゃないけれど美味しいとは言い難い。ぼろぼろとした舌触りとなんともいえないクセから逃れるようにただ喉を動かす。匙が果物にぶつからないよう、気をつけながら。色とりどりの果物を檻の中に閉じ込めたまま。 あのコはきっと言うことだろう。 「あたしはね、常々思っていたわよ。礼子さん」 澄ました顔で。 「礼子さんのそういう…ジコトウスイ?って良くないと思うなあ」 そして横から、修学旅行のお土産でもらったという大げさな名前入りの金色のスプーンで、彼女は私のルールなど知る由もなく、ぼてんぼてんと甘いフルーツをこぼしながら寒天を口に運ぶのだろう。 「なにこれ、ちっともおいしくないよ」 「そうよ、ちっともおいしくないのよ」 想像の中の彼女に、私はそう当り前の返事をして、それでも、そのすべてを呑み込んで腹の中におさめてしまわなければならないのは、一体誰のせいだと思っているんだと悪態というにはさらさらとし過ぎる忌物を吐きだした。 |