カルシウム牛乳

 火曜日の朝。卵の白身が焦げ付いたアルミ鍋をボウル代わりに、僕は溢れるほどのコーンフレークを荒っぽく注ぎ込んで銀色のスプーンをつっこんだ。砕くように抜き差しする度にばらばらと黄金色の破片が落ちてゆくのを、知らない街の天気予報を見るのと同じように眺めた。小気味良い、耳障りな音。他に目立った音が無いのは不思議だと思う。
 どうして誰もいないのだろう。どうして僕一人なのだろう。
 分厚い安物のグラスに牛乳を半分。緑色の牛乳パックには“カルシウム牛乳”の文字、それから逞しい骨のキャラクターが力瘤をつくっているイラストが描かれている。僕はこの“カルシウム牛乳”を信じてはいない。けれどもこの小さなアパートの一室で寝食を共にしている女は、どうやら相変わらず馬鹿みたいにそれを信じているようで、そういうところは可愛いなと思う。
 確かに彼女の骨は弱そうだ。だからだろうか。特殊な光線をあてない限り、本当に骨が太く丈夫になったかなんて、わかりもしないくせに。

 玄関先で音がしてすぐ「起きたの?」という声と同時に彼女が顔をのぞかせた。(そうか、ゴミを出しにでも行っていたのだろう)見ての通りだと思うよと僕は声を出さずに肩を竦めて見せた。その反応に少しだけ嫌そうな顔をする。
 ここ一年のうちに彼女は随分家庭的になってしまった、と思う。望んだわけでも強要したわけでもないのに、彼女はこの部屋の雑務を一手に引き受けてしまった。汚れた皿を重ねても、洗濯物を脱ぎ散らかしても彼女は「もう」と唇を尖らせてしまいにしてしまう。家にいる間中、当り前のようにそれらをこなして、それでも八時になれば紺色のスーツを着こなして立派に出かけてゆくのだから呆れてしまう。
 彼女は一体、僕の何になるつもりなのだろう。
 乳白色だった壁の色は煙草のヤニで少し黄ばんでしまった。いずれそれが、そもそもの色だったと錯覚してしまう前にどうにかこの牛乳だけでも、せめて普通のものに変えてしまわなければ――。
 人が、しつこく一緒にいる理由なんか、カルシウム牛乳を飲み続けることと似たようなものだと僕は思う。どれだけの力を込めたら、どんな音をたてて、骨は砕けるのだろう。